日本から始まった世界の「侵略」と「戦争犯罪」 無名ジャーナリストの仕事
李王家と梨本宮家の結婚、白川神道の現代的意味とは?
戦後処理は終わっていない
世界では相変わらず、ロシア・ウクライナ、イスラエル・パレスチナ。そして、イランとイスラエル間での戦争、報復合戦が続いている。
トランプ大統領の復帰により、世界の戦争の状況に変化が見られるのかは、今後の課題である。
第二次世界大戦後、昭和天皇が戦争の終わり「終戦」を宣言、平和憲法を実現し、戦後80年近い平和が続く日本でも、戦争の足跡や残骸は意外なところに残っている。
写真家の大石芳野氏は、半世紀以上にわたって戦争や内戦のあった東南アジアや中東、原爆の被害を受けた広島や長崎、戦地となった沖縄などを取材している。
2025年8月には、長岡空襲の犠牲者の追悼式や慰霊の花火「白菊」の打ち上げなどを取材していることもあり、新潟県長岡市でこれまで国内外で撮影した作品を含めた「写真展」を開催する。
彼女がかつての戦争体験者を取材して思うことは「戦争はいまも続いていて、日本の戦後も終わっていない」ということだ。
事実、2024年9月には、長崎地裁が国の援護区域外で長崎原爆に遭って、被爆者とは認定されていない「被爆体験者」44名(内4人死亡)の一部原告を、被爆者と認定する判決が降りている。
だが、地裁判決ということは、残りの原告あるいは県と市が控訴すれば、まだまだ裁判は続く。事実、双方が控訴している。
10月2日、宮崎空港で航空機の誘導路付近で、かつて米軍が落とした不発弾が、何らかの事情で爆発した。飛行場には不似合いな噴煙が上がっている映像がニュースで流れていた。
宮崎空港はかつて、旧日本海軍・神風特攻隊の航空基地として米軍の攻撃目標になっていた。新聞報道などによると、不発弾は戦後80年近く経った現在も、全国各地で見つかり、死傷者が出た事故もあるとか。
その他、戦争の爪痕はいくらでもある。
人生と歴史における無駄の効用
人生に無駄はない。あるのは、無駄を無駄として、詰まらない人生を送るか、無駄(暇・敗北・失敗等)を生かして、有意義な人生を送るかである。無駄に思える挫折や事故、病気やケガなど、二度と体験したくない出来事が、後の成功や幸せのスプリングボードや転換点になるケースはいくらでもある。無駄の効用、失敗は成功のもとである。
人類の歴史にも、本来、無駄はない。近年の異常気象、天変地異、持続可能性が問われる地球も、われわれ人間がしてきたことの、当然の帰結である。
戦争や経済行為による殺戮や破壊が、21世紀の今も終わらないのは、歴史を、特に大きな不幸を教訓にできず、反省が足りない結果である。実際に兄弟ゲンカ、要は大きなケンカ・戦争を終わらせることなく、いまなお続けていることが、その証明である。
反省が足りないどころか、平和と核廃絶を掲げつつ「いまはまだ時期尚早」と、世界に範を垂れるべき文明国・先進国が率先して、武器や戦争をビジネスにして、人類の消滅、地球の終わりに向かって、進み続けている。しかも、地球消滅の先には、宇宙開発という新たな“侵略”に向かう勢力がある。
そこでは反省も平和も、単なるお題目でしかないどころか、質が悪いのは、そのことが言い訳ないしは免罪符になっていることだ。
戦争と報復の愚かさ、矛盾は少し冷静になって考えてみれば、誰にでもわかる。問題は天にツバする行為を「そうは言っても」と、理屈をこねて認めようとしないことであり、その背景にはそんな世界を様々な理屈を駆使して、結果的に戦争に加担するわれわれ自身の存在がある。その矛盾に気がつかないうちは、戦争は終わることなく、平和もまた来ない。
靖国神社に行けなかった李王家代表
2024年7月15日、一般財団法人「梨本宮記念財団」梨本隆夫代表理事は毎月恒例の靖国神社を参拝。北朝鮮の軍人軍属の遺骨が眠る目黒佑天寺への参拝などを終えた後、李玖殿下の19年忌祭に出席するため、韓国に飛んだ。
韓国は折からの梅雨の季節で、今年は例年以上の蒸し暑さとひどい雨の中での年忌祭となったというが、今年86歳になるとは思えない行動力である。
「ウエルネス@タイムス」第38号の「世界は本当の『戦後』の意味を知らない」「李王家に嫁いだ梨本宮方子女王の次男・李玖殿下の死後19年目の真実」で紹介しているように、韓国では来年の20年忌祭を控えて、今年はこれまで梨本代表理事と李玖殿下に関する事実について、間違って伝えられてきたことの嘘が明らかになり、李玖殿下のお墓も見違えるように立派なものになっていた。
李玖殿下の生活等を支え、その最期を見取って、墓参を続けてきたことの真意が理解された結果、2024年11月15日の靖国神社参拝の日には、李玖殿下の死の2年後、2007年6月、李王家を継いだ現当主・李源代表が来日して「梨本代表理事とともに、靖国神社に参拝することになっている。時代は、そこまで変化してきているのである」と書いている。
11月の来日時、李源代表を多摩墓地に案内して、本来であれば王様になるはずだった李垠殿下の長男・李晉の墓前で、韓国式に筵(御座)を敷いて、土下座する形での参拝を行った。63年前、本来は長男だけではなく、李垠殿下が自分も入るつもりで造った先祖代々の墓である。
40数年間、アメリカで何不自由ない生活を送っていた現当主が、突然「王様」として韓国に呼び戻されて、始めの5年間は大変な苦労をしたという。李玖殿下の死後、2年してから当主になったことに、よくある跡目相続の諍いがあったことが見て取れる。
何も知らなかった現当主は、梨本宮が墓を守ってきたことに深く感激していたという。
唯一の心残りは、7名ほどの側近とともに来日したとはいえ、1人が靖国神社に参拝しただけで、今回は韓国国内の状況から、ついに靖国参拝が叶わなかったことだろう。
霊性と文化の発展というレシーバー
世の中の不幸は限りない。不運並びに不幸の究極にあるのは、その人の「運命」と「感謝」の思いである。人生の不幸がそのことを、様々な形で教えていることは、前回、記した通りである。
とはいえ、ラジオやテレビ同様そのための受信機(レシーバー)がなければ、ありがたい情報も電波も受け取れないまま、ないと同じものとなる。
そこでの受信機とは「霊性」と呼ぶしかない「人間を万物の霊長」とする、いわば人間を他の生物とは異なる存在とする要素・核心である。受信機も性能が劣れば、拾える電波も限られる。霊性がそのレベルに達していなければ、折角の電波、天の声も届かない。
「霊性とは何か」については、これまでも述べてきているが、改めて結論めいたことを言えば、相反するものが、究極一つであるとの一元論こそがものごとの本質だと知ること。
つまりは、霊長類の命名の由来はさておき、霊とは天につながる存在としての人間の本質である。辞書を引けば「魂」と出ている。人間の肉体に不可欠なスピリット、精神的な要素のことである。
その霊長類の頂点に立つのが人類であり、われわれ人間である。
世界的な仏教学者・鈴木大拙著『日本的霊性』(岩波文庫)によれば、霊性とは「二つのものがひっきょう(畢竟)ずるに二つでなくて一つであり、また一つであってそのまま二つであるというものを見るものがなくてはならぬ。これが霊性である」として「今までの二元的世界が、相剋し相殺しないで、互譲し相即相入するようになるのは、人間霊性の覚醒にまつよりほかはない」と断じている。
対立によって生じる分断・争いごとは、二元的世界を一つにする霊性の覚醒によってしか回避できない。彼はその霊性を「真の日本人の宗教意識」としている。
あるいは、霊性を別の言葉にしようとするとき、例えば20世紀を代表する物理学者アインシュタインと精神分析家フロイトが、戦争と平和そして人間の本性について語った往復書簡『ひとはなぜ戦争をするのか』(講談社学術文庫)によれば、アインシュタインの「人間を戦争というくびきから解き放つことはできるのか?」との問いかけに対して、フロイトは「人間から攻撃的な性質を取り除くなど、できそうにもない!」との結論と同時に「文化の発展を促せば、戦争の終焉に向けて歩み出すことができる」と答えている。
人間の本能を超越することは難しくとも、不可能ではない。その前提となるのが「文化の発展」。換言すれば、人間の精神・文化の向上に期待するしかないとの結論である。
事実、世の聖人君子などが到達した霊性の高みに立てば、個人的な幸不幸は“昇華”すべきものでしかない。
明治天皇の御製にある「みな同胞(はらから)」とは「人類みな兄弟」ということであり、そのことは今日、遺伝子の解析により、人類学的にも証明されている。
そして、人間の歴史、人間の本性に目を向けるならば、われわれはあらゆる不幸・不運を許すしかない。世界は兄弟ゲンカなどしている場合ではないからだが、ましてや復習・報復などナンセンスである。
日露戦争を知らないトランプ
11月13日、文化放送の野村邦丸アナがパーソナリティを務める「くにまる食堂」で元外交官の佐藤優氏が「トランプ氏は日露戦争を知らない」と、安倍首相から直接聞いた秘話を明かしていた。
争いの絶えない今日、極めて象徴的なエピソードである。
パーソナリティは、その事実について、当然の知識、常識が「欠落してますね」と返していたが、人間誰しも欠陥はある。佐藤氏はトランプ氏について「普通の大統領と思わないほうがいい。彼は選挙で選ばれた“王様”だから、4つ訴追されていても、裁判所の決定はひっくり返していい」と話していた。
確かに、近年の大学生について、教授連中が呆れて「いまどきの学生は日本がアメリカと戦ったことを知らない」と、よく話題にしていた。
当の学生にすれば、教科書の事実は習っていたとしても、同盟国であり、自分が好きなアメリカと仲のいい日本が戦争していたことなど、信じられないだけの話である。
とはいえ「昔のことは、もちろんちゃんと謝罪等、処理した上でのことだが」といった条件をつけると、元の木阿弥になることも、多くの歴史の示す通りである。
なぜ、昔のことは忘れたほうがいいのかは、こちらはTBSラジオだが、人生相談のパーソナリティ加藤諦三氏が「起きてしまったことは元にもどりません。済んでしまったことを嘆くより、明日のことを考えましょう」と言っている。未来志向のための知恵だが、実情は、そうした日米の関係は日朝・日韓の在り方とは、実に対照的である。
そして、神道の禊ぎ・水に流す文化、並びに日米の同盟関係こそ歴史を未来に生かすため、世界が必要としている究極の「平和のモデル」となっている。
なぜ、他の国と国ではできないことが、日米では可能となったのか?
そこに不可欠なのが、鈴木大拙師が「真の日本人の宗教意識」とした霊性と平和が基本である縄文文化をベースにした日本の神道の存在である。
日本から始まった世界の「侵略」と「戦争犯罪」
11月24日の「新潟日報」の一面と社会面に佐渡で行われる金山追悼式に「韓国側が不参加」とニュースになっていた。日本政府を代表して参列する生稲晃子外務政務官が過去に靖国神社に参拝したことを問題視したと見られるとのことである。
韓国内では生稲氏を巡って「遺族らを侮辱し、不適切な人選だ」(聯合ニュース)との批判が出ていた。出席することによって政府への批判がさらに強まることを懸念したとのことだ。
生稲氏は2022年8月に、靖国神社に参拝しており、韓国では靖国を「侵略戦争を美化した神社だ」として、日本の閣僚や国会議員の参拝を批判している。最大野党「共に民主党」は23日、生稲氏の参列は「日本の挑発、愚弄に近い」と主張し、尹錫悦政権の対日外交を批判したということである。
相変わらずの主張とともに、佐渡の金山を巡っての日韓の歩み寄りの結果である合同の追悼式を、今回は「靖国神社」を持ち出して反日の材料にする。
「日本は侵略したし、反省も足りないし」という一部日本人はいても、多くの日本人は呆れているか、ポカンとしているのではないだろうか。
事実、その後、生稲外務政務官は靖国神社には参拝していないことが明らかになり、新聞等も誤報として訂正している。
そんな犬も食わないという兄弟ゲンカがまだまだ続く理由は「侵略」が縄文時代などを除けば、人類の歴史とともにあるためである。
スペインの南米大陸上陸、ヨーロッパの白人による新大陸(北アメリカ)進出は、その典型である。
そこでは、南米の多くの文明文化が抹殺され、かつて栄耀栄華を誇った黄金のインカ帝国は消滅し、アメリカでも先住民であるインディアンは辛うじて居留区に生き残ってはいるが、何の発言権もない。
欧米の民主主義はそれら多民族撲滅、大量虐殺といった“侵略”の上に築かれている。
もともと、歴史はどこを見るかで大きく変わるが、基本的には勝者のつくるものが表向きの歴史である。彼らに都合の悪い歴史は、あっても「ない」ものにされる。彼らの都合と矛盾するためである。
結果、それまでの歴史はリセットされ、要は世界中に植民地を築き上げた欧米による侵略などの歴史は無視して、欧米に続いて最後の植民地を持った日本から始まったのが、太平洋戦争・第二次世界大戦による「侵略」である。
日本から始まった世界の「戦争犯罪」
2024年11月、国際刑事裁判所は前年のロシアのプーチン大統領に続いて、イスラエルのネタニヤフ首相らに逮捕状を出している。パレスチナ自治区ガザでの戦闘による人道上の罪によるものだ。
実行性はさておき「侵略」同様、本格的な国際ルールとしての「戦争犯罪」も、第二次世界大戦後の日本の敗戦から始まっている。
連合国主導の「極東国際軍事裁判(東京裁判)」では、多くの戦犯が死刑等の罪に問われたが、本来の戦争犯罪の観点からは、広島・長崎の原爆投下以前に、例えば1944年から45年にかけての空襲(無差別爆撃)、特に首都が焦土と化した3月10日の東京大空襲では、1日だけで約10万人が亡くなった。
典型的な民間人を標的にした戦争犯罪である。
だが、第二次世界大戦以前の戦争犯罪は、ここでもリセットされて、ないものにされている。
そうした戦勝国による軍事裁判・戦争犯罪の矛盾を世に訴えた一人が、たまたま英語力を買われて、若くして新潟俘虜収容所所長に任命された加藤哲太郎氏である。
食料事情等、厳しい戦争末期のこととはいえ、彼は俘虜の処遇を定めた国際条約(ジュネーブ協定)に基づいて任務に当たった。
彼自身も周囲も、最後まで死刑判決は免れるものと信じていたというが、本来、責任ある上司らの身代わりとなった形で、BC級戦犯として死刑判決を受けた。
そんな彼の魂の叫びが、テレビドラマや映画になった「私は貝になりたい」である。
ベースにあるのは、彼の親の代からの反戦と平和への思いである。
同様に、東京大空襲の3月10日はいまも追悼の日ではあっても、多くの日本人がアメリカをはじめ連合国の殺戮を非難し、戦争責任追求する日にはなっていない。
以下、次回に譲るが、その理由を知ることが、世界平和への第一歩ということである。
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